開田村の昔話

      『かじかの念仏
                  

、長雨がつづいて、西野川が増水し、神田のむらが水害の危険にさらされた。心配した村の人達は川沿いの一軒の家に集まって、一晩中万一に備えて待機した。そこへ、夜明け少し前、突然その家に白い衣を着た小法師が訪れて、・・・・・
『むらの衆、川も水がふえて大変だが、それよりも、向いの山が崩れて神田が埋めつぶされそうだから、早くあの山裾へ行って念仏をあげて安全を祈りなさい』
と告げて姿を消してしまった。 村人は早速念仏の衆目を先頭にして、教えられた山裾へ登って一心に念仏を唱えて安全を祈ったところ、山のくぼみから、一匹のかじかが稲光りのように輝いて山をかけ登り、同時に雷がとどろいて、雨が止
み、むらは水難を免れた。
それでむらの人は、この場所を
「かじかのくぼ」と呼んで、お地蔵様を建てて、毎年田植あがりに白かじかの供養をすることにしたと伝えられている。いまでも、この供養はつづけられている。
それでむらの人は、この場所を「かじかのくぼ」と呼んで、お地蔵様を建てて、毎年田植あがりに白かじかの供養をすることにしたと伝えられている。いまでも、この供養はつづけられている。

「かじかのくぼ」には、下半身を「かじか」の下半身ににせたように刻んだ古い石仏が一体と、南無阿弥陀仏と刻んだ碑(明治五年七月十五日)が一体、馬頭観世音と文字を刻んだものが一体、あとは数体の馬頭観音の石仏があります。「白かじか」の話に関係するものは、南無阿弥陀仏の碑と、その右のお地蔵さんだと思われます。

*この内容は開田村役場の了承のもと、開田村誌、開田村の石造文化財、他より引用掲載しています。転写はご遠慮ください。
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