開田村の石仏他




『馬頭観音』
開田村には1900体をこえる石造物があります。その内の1241体馬頭観音です。
一村で1200体をもつ村は、日本中でも開田村一村だけではないでしょうか。
これは、日本古来大在来和種馬の一つ木曽馬のふるさとであった事と深く結び
ついていると思います。
三大在来和種馬の一つは北海道・道産馬〜南部馬、と宮崎県・御崎馬、
それと木曽馬です。


が人間と共存するようになったのは、についで古く、大陸では縄文後期の騎 馬民族はすでに馬と共に生活していました。
弥生時代に入って馬は農耕に欠く ことのできない家畜となり、馬の守護神は農神的性質をもつようになりました。
馬頭観音【馬頭観世音菩薩】は、 ちまたに仏教信仰が広まる中、浄土宗では 道思想が説かれ、畜生道におちた人々を救う為にこの世に現れた観音さまで、そ の姿は恐ろしい忿怒の形相で、三つの顔に六本の腕をもち、頭上に馬の頭をのせて います。
開田村の石造の馬頭観音をたんねんに調べて特徴的なことは、殆どが 【慈悲円満の顔姿で、頭上に馬頭をのせています。】 これは開田村だけではなく、木曽の他 町村でも同じです。
しかし、木曽馬のふるさと開田村には、他町村には見られない、馬の信仰につなが る
「北
計星神」(熊野神社境内)や、「馬頭王、厄除け、蚕玉大神」と刻まれ、三体 の馬の姿を浮彫りしたオシラ信仰にもつながる石塔もあります(床並)
西野源流寺観音堂の本尊が中国の民間信仰に、貧しい衆生に衣服を恵む菩薩と される馬鳴菩薩であることも注目されます。 これらの馬頭観音碑や馬の守護神的石碑は、家族の一員として慈しみ共に生きた 馬の供養碑であり、また良馬安全、五穀豊穣を願う民族信仰の具現したものとみ られます。
この内容は開田村役場の了承のもと、"開田村の石造文化財”より引用掲載しています。転写はご遠慮ください。

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