開田村の石碑他
末川・稗田の碑
末川、稗田の碑





西野、稗田の碑





把の沢、稗田の碑

『開田村のなまえの起源と稗田の碑』

むかし、開田村は、大化の改新の記録では、美濃国恵那上郷に所属していました。
江戸時代には尾張藩領、山村代官所管轄末川村、西野村 の二村でした。
今からおよそ250年程前、稲作の開墾の難事業にとりかかり、約130年かけて民人がお米の恩恵を受け、飢えからまぬかれるようになったと言われています。


「末川稗田の碑」

田を開くと書いて開田
明治8年 末川、西野村が合併開田村となる。
今の開田村に初めて、水田が開発されたのは、江戸時代 寛永元年(1748年)末川村庄屋中村彦三郎さんです。

小野原に試験田を開き 先ず稗をつくり、続いて稲の早稲種を奥州より取り寄せ、その熟するのをみて末川でも水田を開ければ・・との思いを 福島の山村代官を通じて尾州候へ願い出、金五十両を借り受け22町7反稗田を開発したのが、始まりです。

この大事業は、数年を費やしたようで、末川大橋のたもとにある稗田の碑によれば・・・・
「かいでんの仕事半ばにして、彦三郎は難聴になってしまい、名を是助と改め、福島官庁はその子惣兵衛に里正(庄屋)を、継がせて開田の総仕上げをさせた。 こうして民人は食物を得て、ようやく凍えたり飢えたりする事を、まぬがれる様になった」と記されています。

末川角塚里
の末川大橋のたもとに、稗田の碑が建立されたのは、安永五年(1776年)是助(惣兵衛 名を改め)73歳の時に、村人が相談して石作駒石(名君、木曽福島代官 山村良由に仕えた文人学者)に銘文を書いてもらい、この稗をたてました。


「西野村稗田の碑」

西野村における水田開発も末川同様大変な難事業で、これは先人の先見の明と、村人の労働の結晶が実ったものとおもわれます。

西野字越
の「かじやぼた」にある碑文は福島関所下の龍源山長福寺15代住職聖印和尚の書いたもので碑文の内容は
西野の荒地を開拓して新田を開いた人は 青木了雲居士である。先に覚明という行者が来て、此の土地に宿り村人に語り伝えた教えに従って開拓を行ったもので、以来水田を開く者がふえて五穀もよくみのるようになった。今年春、青木了雲居士と覚明行者の菩提を供養してこの碑をたてたもので、仰ぎ願くば、西野の郷がこれから末永く五穀の実る楽しい里に、なるように』と書かれています。

*
青木了雲居士とは、西野村庄屋 −青木愛右ェ門友綿、大峯了雲居士のことです。
* 覚明行者…霊山で山岳信仰の山 木曽御嶽山への登拝は、厳しい修行をつんだ修験道者(山伏や行者)だけのものでしたが、この慣例を無視した偉大な人、覚明行者(尾張の人)が江戸時代の半ば 天明2年(1782年) 三岳村の登山道を切り開き一般信者が気軽に登拝出来るよう嘆願した人です。
松の木が育てば、稲作も可能ではと、米作りを始め覚明の赤米(節が2つの稲・普通は3節です)をつくりました。

「かじやぼた」 のぼたのつく所は、広い原の尽きる所、そこを降りれば村の中へ出る。こじんまりした丘の事を「ぼた」と呼んでいます。
この碑は嶽見旅館の横 こだかい丘の上にあります。


「把の沢の稗田の碑」

把の沢の水田開発が、大変な難事業で、その工事で倒れた犠牲者の菩提供養の為、把の沢の組中で建立した供養碑です。
碑には次のようにきざまれています。
....亨和二戌年 ......青木氏友章
..為稗田開発菩提
....三月吉辰日.......久四郎組中


亨和二年は1802年にあたり、碑に書かれている 青木友章は西野村で水田を開発した青木了雲居士の長男で次代の西野村庄屋を務めた人。組頭久四郎とかかれてあるのは組頭久四郎をはじめ組中の人達でこの碑を建てたものと思われます。

8月の土用中にも霜の降りる位に、冷え込む事もあった厳しい自然条件の中、田の田元(水の入口)と水尻とでは水温も地温も違う為、田元には赤穂、小木曽。水尻には 少しでも収穫のおおい品種 白穂等と、いく品種もの苗を植えて、お天気具合が悪くても全滅をまぬかれるといった用心深い植え方が生まれました。

御嶽山の雪型で植え付けの時期を見極めたり、彼岸桜や時しらせの花の時期、又花の梢から咲くか、下枝から咲くのか。 こぶしの花が上を向いて咲くか、下を向いているのか等、今でも村人の話題にのぼることがあります。

江戸末期から明治にかけて大規模な用水路の開発が行われ・・亨保9年(1724年)検地のときには一坪の田んぼもなかったものが、明治13年(1880年)には田の面積が134町余に達し、これは始めて水田開発に着手して130年後の事でした。

*明治13年 開田村がもとの末川、西野村に分離
*明治25年の文献にはまた開田村と記載されています。

この内容は開田村役場の了承のもと、開田村誌、開田村の石造文化財、他より引用掲載しています。転写はご遠慮ください。

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