| 開田村のちょっと昔話 |
| 女の池と男の池の竜(H17.1) | 二匹の竜は、たいへん乱暴で、山を荒らしたり、村に出てきて田畑を荒らしたりするから、 村の衆から恐れられていました。さて・・・ |
| チャートのしゅう曲(H16.8) | チャートって何?開田高原ではチャートのしゅう曲を多く見ることができます。 |
| 尾 崎 喜 八(H16.8) | 昭和27年に開田村を訪れ「開田高原」という詩を詠んでいます。 |
| シ バ タ カ エ デ(H16.2) | クロビイタヤの変種で、開田村指定の天然記念物、熊野神社境内にあります。 |
| 延命地蔵、普賢行者(H15.12) | 「延命地蔵」製作者は守屋貞治氏です。 |
| コ チ ャ 節 (H15.4) | 開田村で昔から歌い継がれている「嫁入り唄」 |
| 水 無 し 八 丁 (H14.11) |
末川の小野原という集落の奥に『水無し八丁』 と呼ばれている場所があります。 |
| 峠 今 昔 (H14.8) |
開田村は峠に囲まれています。地蔵峠を越えると末川の集落と御嶽山が一望出来、昔は提灯をかざし五里の道を歩いて木曽福島へ馬市や買い物に出掛けていました。 |
| かじかの念仏(H14.8) | 開田村西野の神田に伝わる、下半身を「かじか」の下半身に にせたように刻んだ古い石仏が一体と、南無阿弥陀仏と 刻んだ碑があります。 |
| 木 曽 五 木 (H14.5) | 本格木造住宅と言えば桧ですが、木曽に住んで居て案外知らないのが『木曽五木』ではないでしょうか、各木の特徴と、どのような所に使用されるのかを、詳しくあげてみました。 |
| 開田村の古民家と囲炉裏(H13.11) | 開田村も板に石置き屋根の家が少なくなり、茶系色スレート葺きの屋根の家が多くなってきましたが、一歩家の中に入ると大きな栗の柱や黒光りした板戸等、昔の面影が残っています。部屋の真ん中には囲炉裏が切ってあり、今はそこに薪ストーブが置かれています。 |
| 馬 頭 観 音 (H13.8) | 開田村には馬頭観音が1241体あります。誰かに似ているお顔の観音様に逢いに来て下さい。 |
サル引き馬の絵馬(H13.5) |
開田村は昔、木曽一番の木曽馬の産地でした。 ある年悪い病が流行りだし、動けぬ馬死ぬ馬が増えました。なにかのたたりでは・・・と神主様に相談したお話です。 |
お清くずれとお清地蔵(H12.11) |
かって飛騨高山と木曽を結んだ飛騨街道。 城山は昔 木曾義仲の出城でもあったところです。 木曾義仲に仕えたお清という侍女のお話です。 |
汗 か き 地 蔵 (H12.10) |
西野・源流寺山門、お堂の中に六地蔵がまつられ、その真ん中にあるお地蔵さまを、 村の人は汗かき地蔵と呼んでいます。 |
平 次 郎 地 蔵 (H.12.7) |
『木一本首一つ、枝一本腕一つ』といわれるほど木曽の桧が大切にされた時代。 徳川様の留山の山火事の罪を一身に背負い、打ち首になった平次郎のものがたりです。 |
縁 結 び の 木 (H.12.6) |
開田村に伝わる悲恋ものがたり 地蔵峠のお地蔵さまから旧の飛騨街道へ少し下った所、二本の幹が一つに結びあったかえでの木があります。 太蔵とおたきの悲しいお話です。 |
鎌倉桜のいわれ(H.12.4) |
鎌倉桜なんて名前の桜があるのかと思われる方は一読ください。 |
開田村のなまえの起源と
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今は開田高原と呼ばれていますが、以前NHKの気象予報では、開田村マイナス17度などと報道されていました。 ある開田ファンの方が開田村ではなくて、開田高原と呼んでくださいと、当時の櫻井アナウンサーに手紙を書かれたそうです。 それ以後、開田高原と呼ぶようになりました。 |
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